2012年12月11日火曜日

板橋巡検 2012/11/25


こんにちは!
私たち、限界サークル、ちりがく研究会ー、ゼェーット!

(あ、すべった・・・)

ま、今回は、2012年11月25日の板橋巡検のご紹介です。
と、その前に

―地理研の巡検は今―

地理研では、毎月一回ナビゲーターを決めて、フィールドワークを行っております。
そこで、ナビゲーターはレジュメを用意して、扱う空間の地形、環境、土地利用、立地などを取り上げて皆に紹介します。
行ってないからレジュメくれ!と一声くだされば、こちらからコピーし差し上げるように・・・できればいいなと思います。←曖昧
現地に赴くことで勉強になり、そして外に出るのが楽しくなります。


・・・というわけで、ご覧ください。各所の細かい説明は割愛。
ブログではゆるーい雰囲気を知っていただければと思います。


まず、都営三田線の高島平駅集合。

板橋で見たものはおおまかに言うと

☆住宅地開発地域
☆志村氏の城や領地跡
☆江戸時代の宿場街、中山道沿いの板橋宿のなごり


ってところですかね。


 23区最大の大規模住宅地開発が行われ今に至る高島平団地。
高めの年齢層が入居するという予想がはずれ、これから家庭を築く若年層に人気がでました。それで子供が増えて小中学校の不足を招いたそうです。今は少子化で寧ろ過剰とか。コントロールがむずかしいところです。

写真では見えませんが、至るところに網が張ってありますが、自殺防止のため。昔は名所だったようです。


 台地をのぼって…… 志村、熊野神社へ。
中世、志村氏(豊島氏の一派)の拠点がこの台地。熊野神社を守り神としたのでこのあたりは熊野神社が多いとか。



 

← われわれ地理研は、台地と低地の境目や坂道を見ると頭がおかしくなることがあります。

・・・近頃の集合写真、坂の上が多いのは気のせい。

撮影を終えるとすぐ出発。おおむね 休むより動く派の人間です。
そうこうしているうちに一里塚へ歩く!






 







ということで志村一里塚です。

中山道六十九次のうち日本橋から数えて1番目の宿場。

江戸時代には、五街道に品川宿、千住宿、内藤新宿、そして板橋宿 といった江戸四宿が整備されており、その中の中山道=板橋宿・・・というような位置づけです。




 




 石神井川にかかった板橋。これが区名の由来。「板」です。コンクリート製らしいです



江戸から見て下宿・中宿・上宿と分かれ
ており、上宿と仲宿の境目がまさにここ。




 恐らくこの公園で、石神井川の水をくみあげているのでは? 
(未だ疑問)











石神井川沿いを歩きながら




加賀藩下屋敷を歩きます。
21万坪に及ぶ諸大名の屋敷が連なりました。(写真提供おねがいします><)








ぐるっとまわって旧中山道にでます


後、大山の商店街を通り、ナビゲーター宅にてアオリイカや利尻昆布の会。
※一部は午前中に離島イベントに行っていました。


お疲れ様でした(^o^)稚拙な文章、失礼しました

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