2016年3月29日火曜日

3月17日 南千住巡検

 みなさんこんにちは。ここ最近花粉症に悩まされている1年生のものです。3月17日に私の地元の南千住を巡検しました。今日はその内容について書かせていただきます。

午後1時ごろ 地理研メンバー約20人が京成の千住大橋駅に集合!さぁどんなところを回るのかなぁ… みんなわくわくしています。

   



それでは出発です。

01 千住大橋付近エリア


千住大橋駅から日光街道(国道4号線)を南下すると千住大橋が見えてきます。千住大橋は徳川家康が江戸に入府後、初めてかけられた橋だと言われています。昔は木造でいくつもの洪水にも耐えてきましたが、関東大震災後に鉄橋に変えられました。現在では交通量の増加に伴って隣に新橋がかけられています。江戸時代にはあの有名な松尾芭蕉さんが弟子たちに別れの歌を詠んだ場所としても有名です。

 
 
 
 

この辺りは五街道のひとつであった日光道中の宿場町であり、江戸時代から栄えていました。(千住宿と呼ばれました) 川が近かったこともあり江戸に運ぶ物資の中継地としての役割も果たしていました。千住は川を挟んで南組と北組に分かれました。現在は南が南千住(荒川区)、北が北千住(足立区)となっています。


千住大橋をわたってついに荒川区に入ります。

しばらく日光街道沿いに歩いていくと、見えてきたのは素戔雄神社です。

素戔雄神社は素戔雄大神と飛鳥大神を祭神とする神社で、このあたり一帯を鎮守しています。
ここで少し歴史をお話しします。昔黒珍という人物がこの地の小高い塚の上にあった奇石を霊場として崇めました。その後日々礼拝を続けるうちに、二つの神様が降臨してきました。これがこの神社を創建するきっかけになったといわれています。



 




つづいてしばらく歩くと、なにやら怪しい煉瓦塀が見えてきます。

これは明治12年に作られた官営模範工場である千住製絨所の一部です。この工場はに本で初めて蒸気力を利用して毛織物を生産した工場です。ここで生産されたウールは軍服に使われました。
この工場の開業に関わったとして有名なのが井上省三さんです。彼はわざわざベルリンで修業し、日本の毛織物業に大きく貢献しました。現在スポーツセンターわきに、井上さんの銅像があります。




さて千住製絨所はとても広かったので閉業した後、その一部には野球場が作られました。「東京スタジアム」です。ここは大毎オリオンズ(現 ロッテ)の本拠地で、野球場以外にもアイススケートリンクなどをそろえる画期的な施設でした。現在は南千住野球場とスポーツセンターになっています。






02 三ノ輪エリア

さぁつづいて三ノ輪方面に向かいます。となにやら大きい金の仏像が見えてきます。
円通寺に到着です。


 円通寺は坂上田村麻呂によって開かれたとされています。平安時代に源義家(八幡太郎義家)が奥州征伐で打ち取った48個の首を埋めたのもこの場所です。
 近代になるとこの辺りで「上野戦争」(彰義隊と官軍の戦い、戊辰戦争の一つ)が起こります。当時この寺の住職であった沸磨和尚が上野戦争で戦死した者たちに遺体を上野公園で火葬、供養しました。それを見た幕府は彰義隊士たちの遺体を円通寺に埋葬することを許可します。今では寺の横に彰義隊の方々のお墓があります。また上野戦争の戦闘中心地にあった黒門が寺に保存されています。黒門には弾丸の跡が残っており、当時いかに激しい戦いであったかがわかります





さて日光街道をさらに南下しましょう。するとジョイフル三ノ輪商店街の入り口が見えてきます。








この商店街は昭和2年に王子電気軌道(現:都電荒川線)の三ノ輪橋停留所が開業した時に近くの商店が集まったのが始まりだとされています。商店街は三ノ輪橋駅から荒川一中前駅まで続いています。
 三ノ輪橋駅はレトロな感じにリニューアルされています。


 

ところでなぜ「三ノ輪橋」なのでしょうか。実は現在の常磐線の線路の南側に「音無川」という川が流れていました。三ノ輪橋とは音無川にかかる橋のことだったのですね。
「三ノ輪橋」のあとには現在碑が立っています。








03 南千住エリア

 
 南千住駅の手前には小塚原回向院があります。回向院は両国回向院の別当です。両国回向院の弟誉義官が小塚原仕置場で処刑された人を供養するためにこの地を手に入れたことから始まります。ここには安政の大獄で刑死した吉田松陰さんや橋本左内さんのお墓があります。
 
 
 
 
 
 
 
お寺は常磐線の線路によって分断されて北は回向院、南は首切り地蔵がある延命寺となっています。
 

 
 
 
 
 
さぁ南千住駅を超えて東側に行ってみましょう。
 
 
 南千住(特に汐入地区)は昭和62年から再開発事業がすすめられました。川が近いため洪水や地震の被害を受けやすくなっています。そこで「安全で快適なまちづくり」を目指して再開発が行われてきました。
 
駅周辺にはLaLaテラス南千住が作られて、日用品の買い物はすべてここで済みます。
 
 

 
 
 
LaLaテラスの先にはたくさんのマンション群が見えます。マンションの間には広い公園もあります。
災害時はこの公園が避難場所になります。
 

 
 
 
 
 隅田川まで行くとスーパー堤防が見られます。向こう岸にはスカイツリー見えて景観がよくなっています。とここで記念撮影!!
 
 

 
 
 
 
 
さていかがだったでしょうか。南千住は近世・近代の歴史が残る一方で、再開発事業も進められてきた「歴史と再開発」の街です。気になった方は是非足を運んでみてくださいね。
 
ここまで読んでくれた皆さん、ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 














 

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