2014年2月28日金曜日

知る人ぞ知る、品川(品川・目黒巡検 午前の部)

品川・目黒巡検 午前中の移動経路


大きな地図で見る
このグーグルマップはパソコンでご覧いただくことをおすすめします。またルート上一部ストリートビューが無い箇所があります。ストリートビューの画面の青線よりも、下の地図の青線を目安にお使いください。ご不便をおかけして申し訳ありません。



〈今回立ち寄った場所〉

A品川駅→B品川駅東口再開発地区→Cグランドプリンスホテル高輪→D高輪4丁目の階段坂→三菱開東閣→E御殿山ガーデン→F品川浦船溜り→利田神社・鯨塚→G御殿山下台場跡→東海道品川宿→街道文庫→H聖蹟公園(旧品川宿本陣跡)→I新馬場駅ー(京急線電車で移動)→青物横丁駅→大井町駅→古戸越橋欄干→旧蛇窪信号場→補助26号建設現場→戸越公園→戸越銀座→武蔵小山商店街(パルム)→品川用水跡→林試の森公園(元林業試験場・谷戸地形)→羅漢寺川暗渠→元競馬場→寄生虫館→目黒不動→電車道→目黒川→雅叙園→行人坂→大円寺→目黒駅→権之助坂→茶屋坂(目黒のさんま)→三田用水→恵比寿ガーデンプレイス(サッポロビール工場跡地)→恵比寿駅

※白抜き文字はこの記事で紹介した箇所 アルファベットはGoogle マップ上の位置を表す。




 早稲田大学地理学研究会(以下、ちりけん)では2014年2月23日(日曜日)に品川・目黒巡検(*注1)を開催しました!

午前に品川駅から南下し新馬場駅まで、午後に大井町駅から北西へ恵比寿駅まで歩いて、地理的なスポット(見どころ)を見てきました。 
 今回は品川から目黒まで総距離16kmという長い距離になってしまったため朝9時半から夕方18時半までかけて巡検しました。←長い。朝早い。
ナビゲーター(案内者・担当)は2年(元)ちりちりパーマくんと、1年うえ(目黒在住)です。


(*注1)巡検とは、地理学を学ぶ上で実際に地形や街を調査することだそうですが、簡単にいえば、街歩きのグレードアップ版(←ここ強調)です。






 A,B品川駅

さて、朝っぱらから「ちりけん」
メンバーが集められた場所は、ここ、


   品川駅。


で・す・が、住所は

 「港区」

なんです。


B地点 品川駅東口の再開発地区 品川インターシティ 
なぜ港区なのに「品川駅」という名前なのかは、実はよくわかっていません。

おそらくほとんどの ひとが、「しながわ」はどこかと聞かれたら、「品川駅のあたりっしょ!?」と思われるのではないでしょうか?何を隠そう筆者も実はその一人でした。地方出身のおのぼりさんである筆者は、「品川駅の駅ナカスッげえ」と純粋に感動していたのですが、それが港区とは...。

またメディアなどでは品川駅周辺を
「品川」と言い表すことが多く見受けられます。
勘違いされている品川区にとっては
いい迷惑でしょう (それは言い過ぎか)。





今回、我々は品川の地を歩くことによって、
一般的なイメージとは違った、品川の「実像」を探っていきたいと思います。



巡検当日は東京マラソンの開催日でした。自分たちも負けないよう歩かなければ




旧竹田宮邸洋館 現在はグランドプリンスホテル高輪の貴賓館

Cグランドプリンスホテル
品川駅の西側に、さんさんとそびえ立つビル群。どこか権威を感じさせるのは気のせいでしょうか。かつてこの地には宮家の屋敷が立ち並んでいました。終戦後に11の宮家は皇族でなくなることで、経済的に苦しい状況に追い込まれました。


 そこにとびついたのが、西武鉄道創業者の堤康次郎。彼は旧皇族から邸宅を買い取り、その場所にプリンスホテルを建てるのです。この詳しい経緯は、作家で前東京都知事の猪瀬直樹氏の著作、『ミカドの肖像』に詳しく記されています。





D階段坂
歩いているとなかなかしゃれた家が立ち並んでおり、居住者のハイソさをかもし出しています。ここ「高輪」は地名どおり、高台に位置しています。その高台から品川駅方面を見渡せるのが、この階段道です。
高低差好きの人なら大感激でしょう(○⌒∇⌒○)



*ちりけんでは、さすが某坂道好きのタレントさんの出身校ともあって、坂道マニア・高低差マニアが何人かいます。
坂道好き・高低差好きの大学生は、ちりけんでいいとも~!


この階段の傾斜、実は自然にできたものではなく、人工的に丘を削り取ってできたものなのです。昔は山手線のあたりまで台地が続いていたというわけです。

 幕末、ペリーの黒船が江戸湾に姿を現したため、江戸城が思いっきり黒船の大砲の射程内になってしまいました。そこで水際で外国の軍艦を食い止めるため、海上に砲台を築くことになりました。海上を埋め立てるため、この「八ッ山」と呼ばれる丘の土を削り取り、
そうしてできたのが、現在観光スポットとして有名なお台場です。
 
お台場の土はもともとこんなところにあったんですね(^。^)





 さて、今までは品川駅周辺を歩いていたわけですが、一行はとうとう、本日の主役とも言える品川区に足を踏み入れました。
ただここに来るまでに二時間もかかってしまいました(^_^;)

 




改めて品川区について簡潔にご紹介します。
品川区とは
・目黒川の流れが台地を削り取った、高台と谷が連なる土地の河口部に位置する
・海に面し、古来から東海道による陸上交通に加え、船を使った海上交通も盛んだった。
・江戸時代は江戸市中の端っこだったが、品川宿は旅人の他に江戸の人々の行楽地として栄えた。また北部には大名屋敷が置かれ、現在でもその地域は大使館や高級住宅街になっている。






 E御殿山
品川歴史館に展示されていた御殿山公使館地図の解説 
中央にある土取跡窪地に注目!!
(許可を得て掲載しております)
 先ほどの高輪の階段坂周辺のように、台場建造のために土が切り取られたところが品川区にもあります。御殿山といって高級住宅街として有名なところです。現在、御殿山ガーデンという洒落たビルに、池のある庭園がありますが、 ここが土取場だったのです。それまで御殿山は桜が植えられ、江戸っ子の花見スポットだったのですが、工事によってかつての姿は失われてしまいました。その後御殿山には外国の大使館が置かれる計画が浮上しましたが、高杉晋作ら長州藩士の焼き討ちによって頓挫。上の画像は外国大使館の配置計画図です。台場の土取場の位置も記載されています。



F品川湊(品川浦船溜り)



 この写真、どこの風景だと思われますか?この写真は品川という場所をよく表しています。実はここ品川は、鎌倉時代から港として栄えた場所なんです。


 品川という地名は、目黒川の別名だとも言われるほど、品川と目黒川の関係は深いものがあります。この船着場は昭和の初期まで、目黒川の河口でした(G:御殿山下台場の地図参照)。各地から船で運ばれてきた荷物がここで陸揚げされ、江戸近辺に運ばれていきました。また漁業も盛んで、昭和の半ばまで漁師さんも多くいたそうです。現在は船の多くは観光用の屋形船で目黒川も埋め立てられてしまいました。そして船溜まりの先には埋め立て地の上に立つ品川駅東口のビル群が望めます。

 手前の昭和の雰囲気漂う船と奥の平成のビル群のコントラスト、なかなか不思議な風景ですね。







旧東海道から八ッ山通り(目黒川旧河道)を見た写真。若干の高低差がある






G御殿山下台場

台場小学校正門前の灯台
小学校の一角に、いかにも模型のような灯台が建っています。これはもともとこの場所にあったわけではありません。




ただ、土台の石垣はこの場所にあった台場のものだそうです。今は周りを見渡しても建物だらけですが、下の地図を見てもらえればわかるように、江戸時代はここのあたりまで海でした。お台場は海の中にある島のイメージが強いですが、この場所にあった御殿山下台場は、品川台場唯一の陸続きの台場です。その形はちょうど海に突き出した五角形になっており、日本のペンタゴンといっても遜色ありません(?)




品川歴史館に展示されていた江戸時代の海岸線 図の黄色の部分に台場があった。
目黒川が旧東海道あたりで折れ曲がっている様子も表わされている。
(許可を得て掲載しております)

 
現在でも、道路が作り出す五角形に台場の形を見出すことができる。








品川宿
一行は旧東海道品川宿にやってまいりました。改めて確認しますと、ここの住所は品川区北品川です。そう、

ここが正真正銘の「品川」の地

なのです。品川駅(*注2)と品川区の品川の間には約1キロも距離があり、有楽町から新橋くらい距離が離れています。昔も今もこの場所一帯が「品川」であることに変わりありません。

(*注2)品川駅が位置しているのは港区高輪・港南





品川宿にはおおまかに南北二つの宿場町がありました。現在品川区北品川1丁目にある、京急「北品川駅」は品川駅の南にあります。これは駅のある場所が品川の北部であり、北品川宿がある地域だからです。




さきほどの高輪の階段坂の上のあたりとは打ってかわり、小ぶりな建物が立ち並んでいます。品川宿は江戸時代、御殿山の桜の花見や潮干狩りの場所として、旅人以外の江戸っ子も多く訪れる観光地でした。建物自体は江戸時代と比べて様変わりしてしまいましたが、道幅は当時のままとのこと。沿道にはいろいろなお店が建ち並んでおり、地域の方々に愛されているのがわかります。
人形デカッ!!







さて、いかがだったでしょうか。

地元の方々からしてみれば、
「品川といったって北品川しか行ってないじゃないか、南品川は?天王洲だってデートスポットとして有名だろ!!」
と思われるかもしれません。ごめんなさい。可能であれば時間の許す限り、もっと品川区の魅力をご紹介したいです。ですが、私が今回一番お伝えしたかったことは、駅の場所から誤解されていますが、品川の本当の所在地です。


このブログによって少しでも多くの人か「しながわ」のルーツを知ることができれば幸いです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


この後も記事は続くよ。次は、品川・目黒巡検 午後の部だよ To be continued!

品川目黒巡検午後の部はこちら

今回使用した地形図 1/25000地形図 東京西南部

          1/10000地形図 明治42年版
          1/10000地形図 昭和12年版

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