11/30の11月田園調布・自由が丘巡検午後の部です。
14:00に自由が丘駅前で再集合。田園調布・自由が丘巡検ルート
まずは、自由が丘の地盤沈下について。
1960年1月から2月にかけて自由が丘駅前の某M銀行自由が丘支店が新築基礎工事をして湧出する関東ローム層中の地下水をくみ上げました。地下水をくみ上げたのは武蔵野面の関東ローム層ですが、地下水はつながっていて、地下水位低下の影響が南側の九品仏川沖積地の泥炭地にも広がり、九品仏川沖積地の泥炭層の地下水面が地下50cmから地下2mまで下がってしまいました。すると、九品仏川沿いの沖積地の泥炭が収縮して九品仏川沿いで地盤沈下が発生しました。しかし、武蔵野面とその上の関東ローム層は地下水位が下がっただけで地盤沈下は起きず。その結果、地盤沈下した九品仏川沖積地と、地盤沈下は生じなかった武蔵野面の境界にあっていた道路左右の細長い地域の30軒が地盤沈下した南に傾く被害がでてしまいました。
この地盤が沈下した現象は、江東区を中心とする荒川の沖積低地の0m地帯発生の原理と同じ原理です。
ちなみに、ちゃんと銀行から補償が出たそうです。
実際に見た順番と前後しますが、自由が丘のヤマダ電機(ラビ)も地理的な事象につながるポイントです。
ここはもともとサティのあった場所です。
1980年代から1990年代までは、国民の消費や求めるものは一様で、広く浅い品ぞろえで、みんなの求めるものは同じなので大きな売り上げがあがりました。その後、消費が多様化。広く浅い品ぞろえでは消費者の多様なニーズに対応できなくなります。その結果、サティやダイエーは経営破綻が相次ぎ、そういったGMSに代わって専門店チェーンが売り上げを伸ばします。家電分野では家電量販店のヤマダが筆頭です。一つの分野でいいからいろいろなものを取りそろえる業態が大きく成功しました。
自由が丘の サティ⇒ヤマダ電機 はその社会や消費構造の変化の典型になります。
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| 自由が丘のヤマダ電機 サティがヤマダになっていることに時代の流れを感じざるをえないヌマクロー 「あ、、、サティが・・・」 |
それではここで自由が丘地域全体の話を
自由が丘は12の商店街で自由が丘商店街振興組合を作っており、その会員は1300軒に迫る国内最大級の商店街組織で、毎年「東京ウォーカー」の「住みたいまランキング」で上位に入っている街です。歩いているとすごくたくさんの人がいます。
こうしてブランド力を持ち、人を集める要因はなんでしょうか?
田園調布といった新興の高級住宅地が後背地でもともとおしゃれな雰囲気がありました。また、隣の都立大学駅が栄えてもよかったのにここ自由が丘が発展したのは大井町線と東横線という2つの路線が交わる交通の結節点であったという要因も大きいです。
ただ、そういったそもそもの立地の背景に加えて、地域全体でまちづくりや地域のたゆまぬ努力が多く見られるのが自由が丘です。自由が丘の商店街が行っている取り組みが↓
- 自由が丘商店街振興組合でコミュニティバスを運行。自由が丘とそのまわりの住宅街を無料で商店街から出たてんぷら油で走るサンクスネイチャーバスが結んでいます。
- HPを作成。結構手の込んだ公式HPがあり、お店を紹介しています。
- ガイドブック/タウン誌を発売。公式のガイドブックを販売してお店を紹介しています。
- 案内人を設置。近くにある産能大と連携して住宅街のガイドやインフォメーションセンターを設置しています。
- 通り名の命名。○○ストリートといった欧風の通りの名前を命名しておしゃれな雰囲気を作り出しています。
- 自由が丘デビット&クレジットカード導入。武蔵小山商店街でもありましたが自由が丘でも商店街のクレジットカードを導入してます。
- ジェイ・スピリット(株)の設立。自由が丘のまちづくり/景観設計のための会社(簡単に言えば自由が丘の都市計画会社)を商店街で作り、まちづくりを進めています。
- ごみ拾い活動・美化活動
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| サンクスネイチャーバスのバス停 |
それでは自由が丘のまちなかを歩いて見ましょう
○駅前ロータリー
自由が丘は正面口に駅前広場(ロータリー)がありますが、これは行政が作ったものではなく、戦後に住民が主体となり作ったという経緯があります。
○トレインチ
ここはもともと東急大井町線の引き込み線があったところを東急が再ミニ開発した雑貨屋さん/飲食店が入った商業施設です。
○九品仏川緑道
九品仏川が流れていましたが高度経済成長期にふたをされ暗渠になりました。しかし、暗渠の上の道路には放置駐輪が並ぶようになってしまいました。そこで2009年に商店街で違法駐輪を撤去し、海外から買い入れた100個以上のベンチを400mにわたり設置しました。その結果、近くのお店で買った食べ物を食べたり、読書をしたり、話をしたりと、たくさんの人がくつろげる空間が誕生し、人の滞在時間が延び、賑わいが増しています。オープンカフェなどの取り組みに近い取り組みであり、我が早大地歴専修の宮口先生が富山で活性化のために提案したグランドモールと同じ考え方でもあります。もともと村と村を隔てる境界だった場所が結節点へとかわった非常に興味深いところです。
またこの付近は地区計画が策定され、地域と行政の協力により、おしゃれで統一感のある街並みに向け建築物が制限されています。
また自由が丘南口の九品仏川緑道の左右の道路がうまくかみ合っていないことがわかりますが、村ごとに土地整理をした結果、九品仏川という障害のあるところでうまく道路が合わなかった名残ではないかなと考えられます。
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| 九品仏川緑道のベンチと賑わい |
○スイーツフォレスト自由が丘
「スイーツの街」というイメージがある自由が丘ですが、そのイメージを作ったのがスイーツフォレスト自由が丘です。またこの施設は自由が丘の端っこに作られたため、人の動線を大きく変えることになりました。
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| スイーツフォレスト自由が丘 |
○自由が丘デパート/ひかり街
戦後、自由が丘でも闇市が発展しました。その後、闇市のお店が集まり作った商業施設が自由が丘デパートとひかり街です。どちらも細長い建物に小さいお店が所狭しと入っています。
○モンブラン
日本で初めてモンブランを作ったお店です。とある論文によれば、ここに文化人が集まったことからおしゃれな自由が丘が出来上がっていったとありますが真相やいかに。
○サンセットアレイ
○熊野神社
自由が丘北側のハケの下にあった古くからの集落の鎮守です。耕地整理され、街が発展してきた中で古くの面影を残しています。何よりも、S面とM面の境のハケの下に鎮守があるといういかにもな感じがそそられます。
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| 熊野神社 |
○ラ・ヴィータ
自由が丘のイメージに合わせてミニ再開発された商業施設。ヴェネチアをイメージした商業施設です。
トレインチやラ・ヴィータなど、自由が丘のブランドイメージに合わせてミニ再開発が行われさらにイメージがブランド化するという相乗効果があるのかな、と思います。
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| ラ・ヴィータ |
また、周囲を住宅地に囲まれた中で、じりじりと商業エリアが広がっていっている様子も見られます。
こんなところを見てまわり、商業エリアを抜け、自由が丘学園の前に着きました。
この学校は自由が丘の地名の由来です。確かに、九品仏川の低地から見ると丘の上です。この自由が丘学園から名前を取って自由が丘。
・・・つまり、東横線は3駅続いて学校名の駅なんですね、学芸大学/都立大学/自由が丘・・・
ここから何がわかるか、そう、当時の地域と東急の熱心な教育機関誘致が見えてきます。
- ただ、宅地を開発しただけでは、鉄道は片道輸送になってしまい非常に効率が悪い。郊外の教育機関への通学者が増えれば、増発せずとも収入が増える。これは大変お得な話。
- 住宅地としては、工場が建つのでは具合がわるい。教育機関の多い街は(当時の大学や高校は今の早稲田みたいな低俗なものではなかったので)文化的な街として地域全体の価値も上がる、教授みたいな教養の高い人が住む。インテリ向きの高級住宅街として一つのムードが出てくる。そうすれば高級住宅地として土地が高く売れる!そんな考えがありました。
- 誘致される教育機関としても、大震災で被災した手狭な都心よりは広い郊外の敷地の方がよい。
ということで、最初に蔵前工業高校(東京高等工業)、続いて小山台高校、慶応大学、都立大学、学芸大学、日本医科大学、昭和女子薬科大学、法政大学付属高校、多摩美術大学、攻玉社、昭和大学、都市大学、他にも八雲学園、自由ヶ丘学園、トモエ学園(現在は無し)などが東急沿線に立地しました。
現在の東京をみても多くの大学が八王子に立地していますね。
有名な高級スーパーザ・ガーデン自由が丘です。駐車場には外車しかとめられていません。地域の特性はこういうところで表層化してくる・・・
そして・・・ここまで歩いてくるとあることに気付くはず。道が全部直線で直交していてグリット状になっている・・・
田園調布は東急が開発したんだから整備されていて当然。それでは、自由が丘を含む、田園調布以外の地域はなんなんだ?
そう、東急の開発に加えて、もう一つの宅地化の過程が耕地整理です。簡単に言えば村のみんなで協力して住宅地を作ろう事業。
当時、農村だったこの地域に
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農業の不採算化
- 宅地化による環境悪化
- 交通の発達による遠隔地および近接地域との競争
- 雇用労賃の上昇
が起き、この地域の近郊農業の優位性を脅かしました。
で、そんなときに田園都市株式会社が洗足から田園調布にかけて住宅地造成をしました。
農民が2.3円で売った土地が、田園都市株式会社はインフラを整えて24-60円で売り払って大儲けしたわけです。
で、地元の人たちはどうしようと考えたか。自ら宅地整備をして利益を得たい、仲介が入ると損をする、自分で整備すれば最終的に多額の金が手に入るのではないか、と考えました。
しかし、どう考えても、個々の土地所有者が単独で区画整理をするのは土地が小さくてお金もかかり困難。
そこで、組合を作ってみんなの土地を集めて、宅地整備をして、土地を出してくれた人に土地を再分配しようとしました。
もちろん、この事業は、今まで道のなかったところに、たくさんの道路を整備しようとするものですから、整備後に返ってくる土地の減歩率が高いうえに工費もかさむ整備で、
- 大土地所有者とそうでない土地所有者
- 需要の高い鉄道沿線と鉄道から遠い地域
ちなみに、宅地を作るのに、なぜ耕地整理なのか。それは、都市計画法第12条を適用しての区画整理をするより、耕地整理法を使って土地を整備した方が融資を受けやすいなどの理由がありました。
このような事業により地形を無視して街路が上塗りされましたが、逆に直線の街路が谷を横切っていたりするため地形がわかりやすくなってもいます。
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| 呑川緑道も耕地整理の時に直線に整備されました |
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| 実によく小さい谷でもわかる |
何度も言っているように、この地域は近郊農業をしていた純農村だった地域が急速に宅地化しました。
その過程で宅地化されずに残った畑や竹林がいくつか残されていて、開発される前の農村の面影を残しています。ちなみに、筍は目黒の名産で、目黒不動でたけのこご飯が出されたりもしていました。
畑は、総じて谷底や谷の斜面に残されている印象があります。こういう場所は生産緑化地区に指定され、税金などが優遇される一方で他用途に転用できなくなっています。
ここまで、閑静な一戸建ての外車しか見当たらないような高級住宅地を歩いてきましたが、ここで突如として「都立大学理学部前」のバス停と超高層のマンションが現れました。
そう、この深沢ハウスこそ、都立大学理系学部の跡地であり、大学跡地であるため『第一種中高層住宅専用地域』に指定されており、高層マンションとして建設することのできた深沢ハウスです。景観に関する住民からの訴訟も起きましたがそのまま完成してしまいました。
深沢ハウスの裏の駒沢公園。特に谷戸以外、地理学的なものがあるわけではないですが、1914年に玉電に近いことにより3500坪のゴルフ場ができ、軍施設として使われ、戦後は東急フライヤーズ(現・日ハム)の球場、東京オリンピックでサッカー、バレーボールなどの会場として整備された公園です。国立医療センター(元陸軍病院)もあります。
八雲地域を南に向かいます。ここは大使館や有名人宅が多くある高級住宅街です。特にこの地域は建築物の自主規制を行い、景観・雰囲気を良好に保とうとしている地域です。耕地整理されたのち、金持ちに広い土地を打った方が金になると、金持ち相手に分譲された結果、このような高級住宅街の雰囲気が出来上がりました。
直線の道路が直行している様子がわかりやすく、耕地整理された様子がよくわかる地域です。
区民キャンパス・都営住宅・都立中高一貫校が目の前に出てきます。
昭和初めに都心で土地が狭くなった都立大学がここに移転してきて、理工学部を駒沢公園の一角に分けたけど、さらに土地が狭くなって首都大学に統合されるにあたって大学が八王子へ移転し、ここに残された都立中高一貫校(都立大学付属高校が母体)と、再開発された目黒区の複合施設があります。
この区民キャンパスには葬式場が併設されていますが、日光が入るようにしつつ周りから見えないように地下に作るという工夫がなされている施設です。NIMBY(NotInMyBackYard)問題を彷彿させます。
区民キャンパスのすぐ脇にある北野神社には、この地域の宅地化の基礎を作った耕地整理の記念碑があります。当時痛みを伴いながらも行った一大事業であったことが伝わってきます。
北野神社から坂を下りきって右に曲がると、不自然に(ある意味自然に)曲がりくねった妙に広い道があります。
その道を進むと、右手に、常円寺・東光寺・氷川神社の参道の入り口が現れます。
この道が昔は世田谷・目黒地域と都心を結ぶ(もっと古くは鎌倉街道)重要な目黒道と呼ばれる古道で、さらに呑川の作ったハケの下に三つの寺社が並んでおり、それらから古道に参道が延びているという古くの集落の姿がわかります。耕地整理されて地域が一新された中で開発される前の農村地域の面影を残すものです。
またこの道沿いにはお店が並んでいるけど、駅前に比べると人は少ない。鉄道が開通してから古道から鉄道へと地域の中心がシフトした様子もわかります(とはいっても大正の話ですが)。
最後に、都立大学駅に到着っ!解散です。



















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