2014年6月29日日曜日

北区巡検 王子編

こんにちは。ちりけんです。今回は東京都北区におじゃましました。

みなさん「北区」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか?鉄道ファンの人なら、車両基地がある「田端」。埼玉方面から通勤通学されている方は「赤羽」でよく乗り換えされていると思います。
そんな北区の中でも今回は「王子」と「十条」を探索しました。

実は当会では3年前にも北区王子を訪れたことがあります。なので今回はリターンマッチというわけです。

1.石神井川と地形の変化




北区王子駅周辺の地形
茶色の部分が台地であり、緑色の部分が平野部
図の北西から南東にかかる茶色の台地と緑の平野部の境目には、東北新幹線や京浜東北線が通っている。その境目と図の真ん中を横切っている石神井川(薄い水色)との交差部分に王子駅がある。
国土地理院発行2万5000分の1地形図をカシミール3Dを用いて数値地図5mメッシュと合成。彩色したもの




 北区の東西を流れる川が石神井川です。
北区は東西で地形が大きく異なります。西側は台地、東側は平野です。そのような高低差がある二つの土地を横切っている石神井川は、台地から平野になる崖の部分でこの高低差を滝のように一気に駆け下ります。その場所が王子に当たります。
 実は大昔には、石神井川は王子から平野に下りずに、台地上を南東に向かって上野の不忍池まで流れていました。上の図の茶色の部分で、石神井川流域に沿っての低い土地が続いており、王子を越えてもその谷が続いてるのがおわかりになるでしょうか。それが縄文時代になると王子で東に向かって台地を飛び出したのです。

 台地から平野に落下するようになったため、石神井川の台地の部分では渓谷が見ることができます。


今回訪れた場所一つ一つが、この石神井川とそれが作った地形に関わりを持っています。



最初に訪れたのがこのトンネル。トンネルの向こうから石神井川が流れています。これは飛鳥山に掘られたトンネルで石神井川の洪水を防止するために川を山の中を潜り抜けています。


音無親水公園
石神井川の川沿いに、公園が作られています。

先ほどのトンネルが新しい人工の川だとするならば、こちらの音無親水公園は、オリジナルの川です。
現在は水場で遊べるようになっています








2.王子・十条と軍隊の関係


集合写真の後ろに写っている建物は、北区の中央図書館です。赤レンガの部分ではカフェが営業しています。ただ、この赤レンガの建物はカフェのために建てられたわけではありません。これは元々陸軍の兵器工場だったのです。日露戦争の頃に設置されたこの工場では、鉄砲の弾や砲弾、無線機など手広く製造していました。
 北区にはかつて、この赤レンガ以外にも多くの軍事施設があり、区の面積の1割を占めてました。この赤レンガの隣の敷地には、現在でも自衛隊の十条駐屯地があります。








戦前の地図には軍の施設が分かるような地図記号がありました。上の図の「M」マークや「★」マークなどです。「M」マークは国土地理院の方曰く、「Military 」のMだそうで、軍の工場や倉庫に用いられています。それに対して、「★」マークは歩兵隊や戦車隊など、部隊の基地や司令部に用いられました。また「★」マークは、地図記号以外にも、陸軍の帽子や建物の側面の飾りなど、陸軍を象徴す紋様として広く用いられました。

当時はこの地図を作っていた「陸地測量部」という役所が、陸軍に所属していました。軍にとって地図作成は軍隊の作戦のために、地形を把握する必要があったためです。なお、戦後、陸地測量部を引き継いだ国土地理院は、建設省(現在の国土交通省)に管轄していましたが、戦後はインフラ建設などの公共事業のために地図が重要視されたためかもしれません。

「M」マークは、下の地形図にもあるので、ぜひ探してみてください。






陸地測量部 1万分の1 王子 昭和7年


昭和7年当時の地図です。さすが82年前の地図だけあって今とは大分異なる部分があります


これは現在の地図です。青いマークは北区中央図書館の位置を示しています。


昭和22年7月24日 東京西北部 アメリカ軍によって撮影 提供:国土地理院

上の写真は終戦後米軍によって撮影されたものです。

なお、日本とアメリカが戦争中だった昭和20年8月15日以前にも、アメリカ軍の偵察機によって日本国土の写真が撮られています。そちらは日本地図センターというところで閲覧できるそうです。







3.紙の街、王子

宇都宮線から分岐して製紙工場に向かう線路。現在は使われていません。

明治時代になると、王子では紙作り・製紙業が盛んになりました。なぜなら偉人・渋沢栄一がここ王子に製紙工場をつくったからです。その後王子には製紙工場以外にも工場が続々と置かれ、この地域の工業化を促進しました。それは先ほどご紹介した王子・十条の軍需工場の増加にもつながります。王子・十条に軍需工場が置かれたのは、石神井川の流水を工場の動力源として利用できるからという理由もありますが、この地域が製紙業などで既に工業化していたために、工業インフラが整っていたからでもあるのです。
 ただ、現在では製紙工場は別の場所に移転したため、王子には製紙工場はありません。今回我々が訪れたのは東京メトロ王子神谷駅近くにある、(株)日本製紙の物流センターです。この施設には鉄道の引き込み線が引かれており、製品の輸送のための拠点として使われていました。

(株)日本製紙物流センターの施設内に入っていく引き込み線

この後、神谷堀、隅田川船着き場、東十条商店街を歩いた後、十条駅で解散しました。みなさまお疲れさまでした。

お世話になった方々
王子玉子焼き扇屋ご主人
王子駅近くで卵焼きを売る「扇屋」さんは、江戸時代初期から続く有名な老舗です。今回は事前に連絡をしたわけでもないのに関わらず、我々一行に貴重な昔の写真などをお見せいただきました。ありがとうございました。

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